富岡製糸場が世界遺産になりました

カタールのドーハで開かれているユネスコの世界遺産委員会で、日本が推薦した「富岡製糸場と絹産業遺産群」が、正式に世界文化遺産に登録されることに決まりました。
国内では去年の「富士山」に次いで、14件目だそうです。
そして、近代化遺産としては日本で初めての登録となります。
富岡製糸場は、明治5年(1872年)に設立された国内初の官営機械製糸場です。輸出品としての生糸の品質向上と増産のために設立されました。
製糸場というと、『女工哀史』や『野麦峠』を思い出します。安い賃金で女工たちを酷使して、死ぬまで働かせるというイメージを持ちます。
NHKの朝ドラ『花子とアン』でも、主人公花の妹が、製糸工場に働きに出て、ぼろぼろになって逃げて来るシーンがありました。
製糸工場というと、真っ先にああいうイメージを思い浮かべます。
しかし、富岡製糸場の場合は違っていました。フランスの技術を導入しながら、養蚕技術と組み合わせて大量生産を実現、世界での絹の大衆化に貢献したといいます。
また、富岡製糸場で働いていた女工たちは、士族出身の子女が多かったようです。彼女たちは、将来指導者として、全国の製糸工場へ配置されることになっていたのです。
ですから、工場ができたばかりのころは、搾取されるというようなことはありませんでした。
『女工哀史』や『野麦峠』に出てくるような悪条件のもとでの生糸生産は、富岡より後の時代になります。
しかし、明治政府のスローガン富国強兵のもとに、富岡製糸場が作られたことが、発端となって、のちに多くの女工たちが過酷な労働のために命を落としたことは事実です。
こうした歴史は地元の人たちもご存知かと思います。
世界遺産に決まったからといって、あんなに浮かれているだけでいいのだろうかと、テレビのニュースを見ていて、私は少し違和感を持ちました。

息子がヘルパンギーナになりました

私には小学校1年生の娘と、もうすぐで3歳になる息子がいます。
今年から保育園に通うようになった息子は、園から時々風邪をうつされて
来ることもありましたが、元気に通っていました。

 

ある日の夕食時、家族みんなでご飯を食べていると
突然息子が大きな声で悲鳴をあげました。

 

口を大きく開けてギャーッと悲鳴をあげるので
家族みんなでびっくりして息子を見ました。
息子は口の中を指差しながら、痛い痛いというのです。

 

私は口の中に魚の骨が刺さってしまったのかと思い
口の中を覗き込みました、
すると口の中と舌には赤い水疱がたくさんできていたのです。

 

そういえば、前から口の中が痛いと言っていました。
その時に口の中を見ても、なんともなかったので
たいしたことはないと思っていました。

 

あの時痛いと言っていた原因は、ヘルパンギーナだったのだと思いました。
息子が9ヶ月の時に、一度ヘルパンギーナにかかったことがあったのですが
一週間痛みで食事がほとんどできなくて、体がガリガリに痩せてしまった事を思い出しました。

 

急いで病院に連れて行ったのですが、ヘルパンギーナの菌に効く薬はなく
痛みを抑える為の薬を頂いて帰って来ました。

 

毎日、起きている時も寝ている時でも
口の中を痛がり泣いている息子を、私は抱きしめてあげることしかできませんでした。

 

痛い痛いと涙を流す子供を見るのは、本当に辛かったです。
一週間後には、ヘルパンギーナも良くなり通園しました。
親にとっての一番の幸せは、子供の健康であることです。

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